日蓮正宗 昭倫寺

立正安国論(r2.3)


(立正安国論 御書二四六頁五行目)

爾の時に覚徳、尋(つ)いで王を讃(ほ)めて言はく、善(よ)きかな善きかな、王今(いま)(まさ)に是(これ)正法を護る者なり。当来(とうらい)の世に此の身当(まさ)に無量の法器(ほうき)と為るべし。王是の時に於て法を聞くことを得已(お)はって心大いに歓喜し、尋いで即ち命終(みょうじゅう)して阿しゅく仏(あしゅくぶつ ※1の国に生ず。而も彼の仏の為に第一の弟子と作(な)る。其の王の将従(しょうじゅう)・人民・眷属(けんぞく)の戦闘すること有りし者、歓喜すること有りし者、一切菩提の心を退せず、命終して悉(ことごと)く阿しゅく仏の国に生ず。覚徳比丘却(さ)って後(のち)寿(いのち)終はりて亦(また)阿しゅく仏の国に往生(おうじょう)することを得て、而も彼の仏の為に声聞衆の中の第二の弟子と作る。若し正法尽きんと欲すること有らん時、当(まさ)に是くの如く受持し擁護(おうご)すべし。迦葉(かしょう)、爾(そ)の時の王とは則(すなわ)ち我が身是(これ)なり。説法の比丘は迦葉仏(かしょうぶつ)是れなり。


(通解)
その時に覚徳比丘は有徳王を讃歎して
「何と立派なことであろうか。
立派なことであろうか。
王は今、真に正法を護った人である。
未来世に王の身は、まさに無量の法器となるであろう。」
と言われた。
王はこのとき、覚徳比丘の説法を聞いて、心から大いに歓喜し、そのまま亡くなって、阿しゅく仏の国に生まれた。
しかも、阿しゅく仏の第一の弟子となったのである。
そして、有徳王の家臣や家来、人民、眷属王と共に戦った者、それを聞いて歓喜した者は、みな退転することなく信心を貫き、亡くなった後、悉く阿しゅく仏の声聞衆のうち第二の弟子となった。
もし、正法が尽きんとするようなことが起きた時には、まさにこのように(有徳王のように)正法を受持し擁護すべきである。
迦葉よ、その時の有徳王とは、則ち我が身である。
法を説いた覚徳比丘とは迦葉仏である。


迦葉:迦葉菩薩のことで十大弟子の摩訶迦葉のことではなく、法華経の会座にもれ、涅槃経にはじめて現れた

迦葉仏:釈尊の十大弟子の摩訶迦葉のこと