日蓮正宗 昭倫寺

立正安国論(h30.9)


(立正安国論 御書二三九頁七行目)

 主人の曰く、御鳥羽院の御宇(ぎょう)に法然(ほうねん)といふもの有り、選択集(せんちゃくしゅう)を作る。則ち一代の聖教(しょうぎょう)を破し遍(あまね)く十方の衆生を迷はす。其の選択に云はく「道綽禅師(どうしゃくぜんじ)聖道(しょうどう)・浄土の二門を立て、聖道を捨てゝ正(まさ)しく浄土に帰するの文、初めに聖道門とは之に就いて二(に)(あ)り、乃至之(これ)に準じて之を思ふに、応(まさ)に密大及以(および)実大を存(そん)すべし。然れば則ち今の真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論(じろん)・摂論(しょうろん)、此等の八家(はっけ)の意正(まさ)しく此(ここ)に在るなり。曇鸞法師(どんらんほっし)の往生論(おうじょうろん)の註(ちゅう)に云はく、謹んで竜樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)の十住毘婆沙(じゅうじゅうびばしゃ)を案ずるに云はく、菩薩阿毘(あび)跋致(ばっち)を求むるに二種の道(みち)有り、一には難行道(なんぎょうどう)、二には易行道(いぎょうどう)なりと。此の中の難行道とは即ち是(これ)聖道門(しょうどうもん)なり、易行道とは即ち是(これ)浄土門なり。浄土宗の学者先づ須(すべから)く此の旨を知るべし。設(たと)ひ先(さき)より聖道門を学ぶ人なりと雖も、若(も)し浄土門に於て其の志(こころざし)有らん者は須(すべから)く聖道を棄てゝ浄土に帰すべし」と。


(通解)
主人が答えて言うには、後鳥羽院上皇が治めていた時代に、法然という僧があった。
そして、選択集という書を作り、この書によって釈尊一代の仏教を破り、一切衆生を迷わしたのである。
くわしく示すならば、その選択集には次のごとく述べられている。

「道綽禅師が(安楽集に)『聖道門・浄土門の二門を立てて、聖道門を捨て正しく浄土門に帰依すべし』と説いた文について。
はじめに聖道門とは、これについて大乗・小乗の二つがある(乃至)このことから思うに、聖道門の中には、密大である真言も実大である法華も含まれるべきである。
随って、今の世の真言・禅・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論の八宗は、まさしく聖道門として捨て去るべき意味に在るのである。
曇鸞法師の往生論の註には『謹んで竜樹菩薩の十住毘婆沙論を案ずるに菩薩が不退転の位を求めるのに二種の道がある。一つは難行道であり、二つは易行道である』と。
この中の難行道とは、すなわち聖道門であり、易行道とは、すなわち浄土門のことである。
浄土宗の学者はまず全てこの旨を知るべきである。
たとえ、以前から聖道門を学んでいる人であっても、もし、浄土門を学びたいという志のある者に於ては、須く聖道門を捨てて浄土門に帰すべきである」

と。